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漢方と鼻の日々

70年代頃

私の鼻を手術から救ってくれたのは、オーダーメイドの漢方薬である可能性が濃厚です。

私は中学生の時に蓄膿症と診断されました。多分、風邪を放置していたのが原因だったと思います。鼻づまりと鼻水が止まらず、母親が見かねて耳鼻科に連れていかれました。これが76〜77年頃。

それから79年ぐらいまでは、ほぼ毎週通院していたと思います。朝、予約しに行って、午後に診察。治療はいつも、鼻に薬を塗ってネブライザー、そして、一週間分の薬をもらって帰る。いつ行っても同じ内容、流れ作業でした。

別に鼻の状態を教えてくれる訳でもないし。こっちも聞きもしないので、良くなっているのか、どうかも分からない。

この頃、鼻水が完全に止まっていたかどうか。止まったとすれば、完全に通院を止めたはずなので、多分、そこそこは出ていたのでしょう。

親戚が手術したという話を母親から聞かされていて、面の皮を引っ剥がすという野蛮な行為など絶対したくないと子供心に思っていたのですが、当時、私の周りでは、手術しないと蓄膿症は完治しない、という考え方が主流で、漢方薬で治すという情報は全くありません。

なんとなく諦めムードになってきます。

もう治らなくてもいいか、と週一の通院が隔週になり、月一になって・・・結局、行くのを止めてしまいました。鼻水は・・・多分出ていました。が、めんどくせ。

80年代頃

耳鼻科に行かなくなってから7〜8年経っていました。もちろん鼻水鼻づまりは続いていたのですが、死ぬ訳じゃないですし。いいや、放っとけ。

副鼻腔炎の悪化が引き起こす、深刻な症状など、当時は知る由もありません。

この頃、市販の「鼻療」という漢方薬を人に勧められて飲んでみたりしたのですが、私の場合は効いているのかいないのか、今ひとつ効果がはっきりしませんでした。

「鼻療」はポピュラーな薬ですが、私には合わなかったようです。結局、飲むのをやめてしまいました。効かないのに、なぜ続ける必要があるのさ。

それからはティッシュ一筋だったのですが、80年代後半には、黄色い鼻水が爆弾のように出ていて、鼻づまりも酷かったと思います。ちくのう、と診断された中坊の頃を彷佛とさせる、なんとかしなきゃ、と思わずには、いられないぐらいの状態。

最初の漢方薬オーダーメイドは、確か新聞広告で見かけた薬局が比較的近所だったので、試す気になった、ような記憶があります。

“漢方で蓄膿症が治る!”

という広告は今のダイエット広告にも似て、多少うさん臭かったのですが、手術は絶対したくありません。面の皮ひんむかれるぐらいなら、と思って、ともかく直接薬局に行って、薬剤師の方に症状を説明し、粉薬を処方してもらいました。藁にも・・・ってやつです。

この薬は一日三回、約半年間飲んでいたと思います。値段は、半月か二十日間分で、一万円ぐらいだったですかね。

これはかなり、効いた。

劇的と言ってもいいぐらい、鼻水が減りました。さすが中国四千年の歴史だー、と感動しましたね。この頃はティッシュを持たなくても、安心して外出できました。

しかしこの漢方薬、効き目については文句がなかったのですが、薬代が・・・貧乏人には些か辛い金額ではありました。
ただでさえエンゲル係数が高い生活を、徐々に圧迫し始めます。結局、約半年で終了。

この時点で、鼻水は完全に止まってはいなかったような気もするのですが、記憶が定かではありません。自分で判断せずに、レントゲンを撮っていれば、完全に治癒しているかどうか、判明したのですが。

ま、大体止まったから、治ったと。

今振り返ると、もう少し無理してでも続けていれば、その後の出費は無かったかもしれませんが、真実はもはや不明。副鼻腔炎が一度完治して、しばらくしてから再発した、という可能性もありますし。

ちなみに私の親戚には、副鼻腔炎患者が少なくとも三人います。
なんとなく蓄膿症は遺伝じゃないかという気もしていました。

今思えば・・・

確かに、鼻粘膜の線毛運動が遺伝的に弱いために鼻炎や副鼻腔炎になりやすい、という研究があるようです。

70〜80年代はマクロライド療法や内視鏡手術は無かったので、蓄膿症を完治させようとすれば、上唇の裏を切って上顎洞の骨に穴を開ける根治手術が主流で、漢方薬は私の住んでいた田舎ではまだまだマイナーな存在でした。

当時、親戚の手術に立ち会った母親が、ことあるごとにその模様を私に話すので、ますます手術が恐ろしくなった記憶があります。まったく心優しき母でありました。

まだ生きてますけど。

参考リンク
鼻の健康についてあれこれ:鼻粘膜の働き